化学物質過敏症が治った今だから、わかること

(このページは日誌です。改善策については目次の方に記してあります)

 

2016年  7月  10日  

 

初めて、この病に侵された日を遡ってみた

 

  3年と半年  

 


 3年半?   

 3年半だと…

 


 私は病に掛かった高校生活の冬の日から闘病生活を送っています

 その病には痛みが付き物で

 毎昼、毎夜、痛みに侵される日々が続いていました

 


 日常生活がままならなくなり

 急激に人生が変わってしまった1年目の冬 打開策も未来も見えなくなって

 肉体的にも精神的にも追い込まれていた2年目の冬

 病気のことを学び、

 より一層これから自身に立ちはだかる壁の高さが見えて絶望した3年目の冬

 


 そして今、冬を越えて4年目の夏になった

 


 あまりにも多くの物を失った

 奪われたものも限りなく多いけれど

 自ら捨て去るしかなかった物もたくさんある、

 その後悔も、やるせなさも…

 


 私はこの3年半で何をしたの?

 


 ただ苦痛を和らげることだけを考えて 

 ただ耐えて 

 


 ただ

 3年半もの年月を無駄にした

 

 

 

 

 


 …そんなわけがない

 


 私は、闘っていた

 


 3年半もの間、闘い続けた

 


 苦痛のない未来のために

 いつかの幸せのために

 


 耐えて

 下を向きながらも前へと踏み出して、逃げずに闘っていたはずなんだ

 

 

 

 


 病気を学ぶごとに、日々少しずつ、世界は広がっていく

 

 足下の欠落に怯えるだけのあの頃と違って、幸運な事に

 私は少しずつ遠くを見据えられるようになりました

 


 当然、私の周囲には相変わらず壁や棘がおびただしいほどにあって

 自分の脚には

 傷を抉るように枷が嵌められているようです

 


 だけれども、支えてくれる人の大切さ。忘れていた、世界の楽しさ

 素敵な景色、愉快な音楽、

好きだったタピオカ、ひとり旅、海水浴…

 

 沢山の、やりたいこと

 


 諦めて忘れていた幸せを取り戻したい

 

 

 だから、明日からまたもう少しだけ頑張ります

 

 でも、もしも叶うのなら

 

 

 3分だけでいいから

 痛みを忘れられる一瞬をください、神様

 

 

 

 ーー  これは今から2年半前、18歳の頃、私が書いた日誌です

 今思えば苦しさが最もピークだった時期で、深夜に泣きながら書いた覚えがあります

 同じような夜を過ごした人も少なくないのではないでしょうか…

 

 

 ところで、こんな神に縋っていたとは思えないほど、現在のわたしの体調はすこぶる良好です

 

 

 咽頭などの痛みも激減しましたし、化学物質にも鈍感になって、

 ほとんどの時間を過敏症のことを忘れて生活できています

 

 ですので、自分でも、以前の自分がここまで追い詰められていたことに驚愕しました…

 

 

 化学物質過敏症はこの数年で人口が急激に増加しました

 いずれ全先進国家の国民病になる未来が来るかもしれません

 

 化学物質の溢れるこの時代に、限りなく狭い世界を強いられる苦痛と

 いろいろなものと闘う恐怖

 これから向き合っていく人も多いことでしょう……

 

 でも、大丈夫です

 

 病名もわからず、治療法も痛みを和らげる方法もわからない

 真っ暗だったわたしの世界ですら、打開策は見つかりました

 

 

 同じ思いをしている人たちのために、治った今だからできることを

 

 

 仕事場での出世や、仲間とのいざこざ、淡い恋の悩み…

 本来悩むべきことに悩める未来がありますように

 

 そして、本来のめいっぱいな幸せに浸ることができますように

 

 

  未熟さが浮彫りになってしまう拙文かと思いますが 

 わたしが行なってきた数々の改善策や学んできたもの

 些細な工夫、化学物質過敏症でも楽しめる趣味、コスメ、食べもの

 いろいろなものを紹介をしていきたいと思いますので

 

 これからどうぞ、よろしくお願いします

 

 

 きっと大丈夫ですよ

 

(通常時はもっと読みやすく、もっと短く記事を書きたいと思います…)

 

 

   ー生めろん